これも戦後

永井荷風『秋の女』(河出文庫、1955年、文庫編集オリジナル)です。
荷風の戦後の短編をあつめたもので、スケッチ風の小品が主です。
石川淳荷風が亡くなったとき、「敗荷落日」という文章を書いて、戦後の荷風はただの老人だという趣旨のことを言いましたが、たしかに、石川淳の書く戦後から見れば、荷風の作品は生ぬるいにはちがいないでしょう。けれども、買出しに行ってそこでたまたま老婆の死に出会い、老婆が背負っていた白米と、自分の買っていたサツマイモとをすりかえて、すぐに換金する女性を描いた「買出し」とか、戦地から帰還して成り上がったもとの板前が、昔奉公していた主人のもとを訪れると、主人は昔と変わらぬような生活をしていたので、少し失望する「羊羹」とか、夫が〈戦死〉したので、夫の弟と再婚したら、夫が復員してきたという状況を描いた「噂ばなし」とか、荷風なりに戦後の風景をシニカルに描いているようにはみえます。
そういう時期を生き抜いて、今の日本があるということは、知っておかなければいけないのでしょう。