北緯40度

村道雄さんの『縄文の生活誌』(講談社学術文庫日本の歴史01、2008年、親本は2000年)です。
この本は、親本が出た直後に、旧石器捏造事件が明らかになって、改訂されたもので、文庫版は改訂版にもとづいています。岡村さん自身も、自分の著作『日本列島の石器時代』(青木書店)を絶版にせざるを得なかったようで、この事件にかかわられたようです。
それはそれとして、縄文時代の日本列島は、決して一様ではなかったようで、北緯40度あたり(秋田と盛岡をむすぶあたり)に、文化の境目があったようなのです。
考えてみれば、アイヌ語地名も、このへんが南限ではなかったかと思いますし、このへんの境界線は、それこそ前九年・後三年の戦いあたりまで、『日本国』の境界線に近かったようです。その意味では、けっこう重要なラインかもしれません。
列島のなかの多様性をしっかりと歴史的にも、現在の状況でも、しっかりと考えていかなければなりませんね。