構築・整備

ちょっと本の話からははずれるのですが。
ニュースを見ていたら、今日から、本四公団(だった)3本の橋と、東京湾横断道路とが、料金が安くなったのだそうです。
もちろん、道路というのは、公共性の高いものですから、本来は国が整備していくのが筋なのでしょうから、使用料金が安くなるのは、それはそれとしていいことなのかもしれません。
けれども、道路に関してこうした「手厚い配慮」が行われることを聞くたびに、国鉄のたどった運命も感じないではいられません。
1960年代でしたか、鉄建公団という組織ができました。地方のローカル線などは、もともと公共性はあっても、採算性には疑問があるから、建設は公団が行って、そのあとで国鉄に譲渡か貸与かそれはよく覚えていないのですが、そうした形でやるということになったのです。
考えてみれば、航空会社は空港の使用料ははらいますが、維持管理は別組織ですし、高速バスだって、同じです。けれども、鉄道だけは、その会社が、施設の維持管理までやらなければなりません。(最近は、必ずしもそうではないケースもあるのは承知していますが)
ですから、1960年代から70年代にかけて、多くの中小私鉄がレールをはずしてバスに転換したり、国鉄も、地方交通線をいくつか切り捨てたりせざるを得なかったわけです。
そして、鉄建公団そのものも、鉄道の建設がいくつかの路線で中止においこまれ、公団組織そのものも解体してしまいました。
道路と鉄道の差というものも、考えないわけにはいきません。そこに、「国労」のような、たたかう組合への意識も、保守政治家のなかにはあったのかもしれません。教員の免許は更新制にしても、医師の免許を更新制にしようとは、決して言いだしそうにないのも、同じことかもしれません。