無責任

谷口一男さんの『江岸に吹く風』(光陽出版社、民主文学館)です。
たにぐちさんは、1927年生まれ、戦前「満洲」に渡って満鉄の仕事をしていたのですが、戦後は郷里の石川県に帰って、仕事をしながら文学に志し、1950年12月号の『新日本文学』に「初冬の一日」という作品が掲載されたのだそうです。
しかしその後、政治活動や、工場での労働のなかで、小説を書くことは難しく、しばらくの間創作から遠ざかっていたのだそうです。
谷口さんが創作活動に復帰したのは、定年もすぎた60歳を越してからだというのですが、それからの最近の作品を集めたのが、この創作集なのです。
満鉄での仕事の実態を描いた表題作、労働者の仕事に対する誇りの姿を追求する「職人」「ボール盤と新米工」「錆びない花瓶」などが印象に残ります。

谷口さんが、創作から遠ざかったのは、単に仕事などが忙しいからだけではないようです。宮寺清一さんの「解説」によれば、谷口さんは最初のころ、作家の森山啓に、みどころがあるといわれたことを励みにしていたそうです。ところが、活動の中で書いた作品を読んで、森山は「谷口は赤ぼけしてダメになった」とその作品を批評したそうです。その作品を読むことができないので、森山の批評の当否はわかりませんが、それを谷口さんは「人づて」に聞いたのだというのです。人に正当な批判をするのなら、直接本人に言うべきことでしょう。本人に伝えるつもりのない放言なら、それを聞いた人も、「告げ口」をするべきではありません。そのへんのゆきちがいが、谷口さんを遠回りさせたのなら、残念なことです。