雨の降らない品川駅

李恢成さんの『地上生活者 第3部』(講談社)です。
長編の一部分ではあるのですが、主人公が大学時代、「帰国運動」にかかわっていたときのことを書いています。また、「伽倻子のために」の素材となった事件についてもふれている作品です。
今の時点から見れば、「帰国運動」自体がいかがわしく見えるのもしかたのないことではあるのでしょうが、当時の韓国が、これもまた李承晩時代の、いかがわしい政権であったことも事実なので、そこもきちんと見なくてはいけないのでしょう。作品の中にも、主人公が韓国側の学生大会にはいりこんで、そこで見たものが、役員選挙で投票数がそこにいる人数より多いという謎の選挙になっていることを目撃する場面がありますが、そうしたいかがわしさもあったのです。
そうした制約のなかで、彼らは学生としていろいろな分野で自己実現をしようとしています。それは、やはりひとつの時代だったのでしょう。ウィーンの世界青年友好祭に出席する仲間がでてきますが、そういえば勝山俊介さんの「湖の別れ」にも、この大会のことが出てきたような記憶があります。

作品として、こうした歴史的なものの、実名と仮名との使い分けは難しいようです。金達寿を思わせる作家は仮名ですが、中野重治武井昭夫吉本隆明は実名です。たぶん、主人公が直接交渉をもつ人物は、仮名にするという原則をたてているのでしょう。日本人でも、唐牛健太郎っぽい人物は、仮名になっていますし、大学の教授も、仮名です。