ジグザク

小国喜弘さんの『戦後教育のなかの〈国民〉』(吉川弘文館、2007年)です。戦後の、47基本法を生かそうと努力した教育実践を、現在の目から検討して、その意義と限界をさぐろうとしています。加藤文三さんとか、本多公栄さんとかの実践や、月の輪古墳の発掘運動などを題材にしています。
そういう意味では、戦後の実践が、歴史学の対象として相対化されるということでもあり、その中で、文部省が、GHQに出した英語版と、国会で審議された日本語版との間に、微妙な差異があることを小国さんはつきとめます。英文では「people」とされているところが、日本語では「国民」ということばで表現されることで、日本国内に住む、日本国籍をもたない人びとへの配慮を欠くものになったと小国さんは指摘するのです。
その上で、「国民的歴史学」の運動も、「国民」という枠組みの中にはいることで、狭くなる弱点があったことをしめすのです。
もちろんそれは、06基本法の立場を合理化するものではありません。よりいっそう、狭い「国民」のわくにおしこめる06基本法の立場が、格差社会のなかで、貧困層を統合する原理としての「国民」意識の醸成にあることも、小国さんは指摘します。実際、赤木智弘さんの論理の中には、そうした「日本人」意識があることは事実なのですから。
そうしたせめぎあいの中に、今もあるのだということは、わかっていても、すぐに対応するのはむずかしいのかもしれません。戦後の、アメリカ支配の時代の沖縄で、「日本人」意識を高めるための教育で、「方言札」が使われていたというのです。