気分

林芙美子の『うず潮』(新潮文庫、1964年、初出は1947年)です。
文庫本の解説(小松伸六さん)によれば、作者の戦後最初の新聞小説だということです。戦争で夫を亡くし、5歳の子どもを抱えた25歳の女性が、戦後の時代を生き抜いていくという作品です。
新聞小説らしく、おだやかな筆致で、女性の生き方を描いているところは、作者の腕を感じますし、再出発をしようという時代の雰囲気もよくとらえているものです。戦争がどうして起こったのか、その中で自分たちはどんな位置にいたのかという問いかけがほとんどされていないのも、逆に読者の感情にあうのかもしれません。主人公に手を出そうとしてはねつけられ、最後には京浜急行に轢かれて死んでしまう男が、やや悪人といえるのかもしれませんが、彼も戦場で精神を少しおかしくしたという設定になっているのも、ある意味では、戦争の犠牲者だとみているのでしょう。雑誌よりも広い読者のいる新聞の小説には、そうした空気への気配りが必要なのかもしれません。宮本百合子がほとんど新聞小説を書いていないことを考えると、二人の資質のちがいも、そういうところから見えてくるのかもしれません。