前夜だった

ちょっと異色のものですが、米沢嘉博(1953−2006)『戦後少女マンガ史』(ちくま文庫、2007年、親本は1980年)です。
米沢さんは、マンガの同人誌の即売会に長くかかわっていた方で、その方面では、『マンガと著作権』(2000年)という本の誕生にもかかわっています。
文庫本の帯には、「唯一の少女マンガ通史」とあるのですが、たしかに、これに匹敵するものは書かれていません。大塚英志さんが、試みてはいたようなのですが、今までのところ、1970年代の後半の状況を書いた大塚さんの『たそがれ時に見つけたもの』(太田出版、1991年)くらいしか思い当たらないのです。
なぜそうなったのかということには、いろいろと説もあるのでしょうが、この本の親本の出版が、1980年だということが関係しているような気がします。
確かこの年の年末ごろですが、地下鉄の駅などに、和服姿の竹宮恵子さんほか何人かの女性マンガ家が勢ぞろいした大きな広告が出ました。小学館が、新しいやや高い年齢層をターゲットにしたマンガ雑誌を創刊するというものだったのです。その雑誌は「フォアレディ」と名づけられました。それと相前後して、講談社集英社も、似たような雑誌を創刊していたのです。それがレディースコミックの濫觴となりました。
この方面は、それまでの少女マンガがあまり描かなかった性描写への遠慮を取り払った形となり、その後の女性向けマンガの市場を広げることになりました。いまや、子育てマンガ、嫁姑マンガは花盛りなのも、ここから始まったのです。
そうした状態を、ひとつの視点からまとめるのはまず不可能でしょう。米沢さんの本が、その直前の時代に刊行できたことが、『通史』としての体裁をとり得たということにもなるのです。
その点では、みごとに時代をとらえた本だといえるのかもしれません。