小道具

十川信介さんの『近代日本文学案内』(岩波文庫別冊)です。
岩波文庫の別冊といえば、かつてはフランス・ドイツ・ロシア・ギリシアローマの文学案内というラインアップが長かったのですが、その後アンソロジーやらなんやらが増えてきたところで、こうした案内ものは、鹿野政直さんの『近代日本思想案内』以来になるのかもしれません。
明治からいちおう昭和戦前までの作品を軸に、「立身出世」「異界」「交通」をキーワードにしながら、近代文学の作品をながめようという趣向のようです。
けれども、「立身出世」と「異界」は作品のテーマとして考えることのできるものですが、「交通」の部分は、いろいろな道具立てを並べるだけになっているように見えます。もちろん、人力車や自動車が作品の中に登場するということは、それを通してある時代の風俗や感情をあらわすわけで、そうした側面に着目するのもひとつのあり方でしょうが、それで作品をきっていくと、内容へのかかわりが必ずしも深いものばかりではないような感じがします。
そういう点では、やや消化不良の気味があるものだといえましょうか。

きょうは福永武彦の命日だそうです。1979年没ですから、30回忌(という言い方はしませんが)にあたるわけですね。