記憶

その時歴史が動いた」は大坂夏の陣屏風の話。
話によると、黒田長政が描かせたというらしいのですが、その屏風には、いくさの中の民衆の状態が克明に描かれているというのです。それは、逃げまどう人びとであったり、雑兵たちの暴行・略奪・拐帯などの残虐行為の犠牲となっているさまだというのです。
戦国のいくさが、民衆のなかにずっと記憶として残っていて、有名どころでは「おあむ物語」や「おきく物語」(両方とも岩波文庫)の話はもう何度もしたように思いますし、こうしたいくさの記憶が、幕藩体制のもとでの長い平和を維持してきた根本のところなのかもしれないと思います。
そうした点では、この屏風を実見できた人は、当時は少なかったのかもしれませんが、やはり、描いていかなければならないという意識は、絵師のもとにもあったのでしょう。
前に、江藤淳が『近代以前』(文藝春秋)だかで、関が原から40年はたいした文学はなかったと、江戸時代になぞらえて戦後文学批判をしたことがありましたが、やっぱりそれは、みずからの都合での立論でしかなかったのでしょう。