機密

獅子文六のつづき。
「海軍」が新聞に連載されていたのは、1942年の後半ということだから、すでにミッドウェーの海戦で、空母を大きく失っていた時期のことになります。徐々に、開戦当初の状況とはちがって、彼我の海軍勢力も互角になっていて、決して日本が有利とはいえない状態です。
そうしたなかで、真珠湾の「軍神」をモデルにしたわけですから、いくら作者自身が、主観的には海軍を顕彰しようと思っても、どうしてもそこに「つくりごと」めいたものが浮かばずにはおれません。その点が、「海軍」の後半部分のたるみになっているように思えます。作品のラストを、かれらの葬儀でしめくくるというのも、やはり書くべきことを書けなかったがためのものだといってよいでしょう。
潜水艦は艦長と水兵とが同じものを食べているということは、ほかの艦艇では厳然とした階級差別があるということの裏返しでしょうか。そうしたことも、日本海軍の実態として知っておくことなのかもしれません。