小春日和

芳賀徹さんの『與謝蕪村の小さな世界』(中公文庫、1988年、親本は1986年)です。
蕪村の作品や若冲の絵などを通して、18世紀の上方文化の、穏やかな生活のありどころを考えようとしています。17世紀が戦乱の記憶を抱いた時代(前にも、『おあむ物語』などで、戦争の記憶について述べましたが)とも、19世紀の、世界史的な激動に投げ込まれる時代(馬琴の作品も例外ではありません)とも違った時代だと、芳賀さんはいいたいのでしょう。
蕪村の詩のなかには、とても18世紀のものとは思えないような、時代を先取りした感覚があるというのです。
たしかに、本の中に、当時の日本に影響を与えた南宋の詩人の作品が引用されていたのですが、一瞬、菅茶山の作品かと見まがうような、日常の風景を描いた作品でした。そうした、安穏がある時代というのも、一つの理想郷として描くことはできるのでしょう。その点で、蕪村の作品には、独自の境地があって、読んでいて楽しいのは事実です。
しかし、蕪村の時代に、浅間や富士が噴火して、東日本は大きな飢饉に見舞われたこともあったのですし、何より、江戸時代の日本列島が養える人口は、せいぜい5000万人が限度だときいたこともあります。穏やかな日常を維持するために、当時の人びとがどれほどの努力を重ねていたのかも、きちんと知っておきたいものです。本居宣長が、紀州藩に意見具申をした、『秘本玉くしげ』などという文章も、同時代にはあるのですから。