逃げる

池谷薫さんの『蟻の兵隊』(新潮社)です。
ポツダム宣言を受諾して、無条件降伏をし、武装解除されたはずの日本陸軍部隊が、その相手方の事情で、武装させられ、「敵」と戦う状況に追い込まれたというできごとを、取材したものです。
場所は中国山西省。当時その土地に割拠していた軍閥の閻錫山は、中国共産党との対決のために、日本軍を使おうと考えたのです。それに呼応して、日本軍を意図的に残しておこうとする日本側の思惑もあって、結局のところ、『現地で除隊した』という形式をとって、日本軍を一部残留させたのです。彼らは共産軍と激闘を重ね、敗戦して捕虜となってその後帰国したのですが、日本に帰ってみると、自分たちは『現地で除隊』となったので、死んだものも「戦死」とはされなかったり、また軍歴も認められなかったりと、そういう扱いをうけたというのです。
1990年代になって、その人たちが声を上げ、訴訟を提起したりもしたのですが、最高裁まで争ってすべて敗訴という結果になったのです。

12月5日のところで、「棄民」うんぬんを書きましたが、この本の中にも、意図的に日本人を外地に残して、その後の活動の拠点にしようと画策するひとたちがどうもいたようです。それが容易にできると思っていたなら、中国のひとたちの、日本人への感情を見誤ったのではないかとも思うのですが。

それと、驚いたのは、山西省省都、太原陥落を前にして、軍閥の首領閻錫山も、日本側の指揮官の澄田某も、いずれも脱出しているのです。閻は最終的に台湾に逃れ、澄田某は帰国して「勲一等旭日大綬賞」をいただき、兵卒の帰国後、国会でこの件が問題になったときにも、参考人として、「兵隊たちは自発的に残った」と言い張ったのだというのです。こういう軍人もいるのですね。兵隊たちと一緒に捕虜になったというのなら、まだ筋もとおろうものを。