たとえこれでも

小林多喜二(1903−1933)の〈初期作品集)『老いた体操教師・瀧子其他』(講談社文芸文庫)です。
文芸文庫もかれこれ創刊20周年だとかで、この本のはさみこみにも、記念復刊をするのでリクエストがあればだしてほしいというアンケートがはいっています。
けれども、近代日本の文学世界はまだまだこうした文庫にも取り落としているものも多く、プロレタリア文学運動の作家の中でも、中野重治佐多稲子はそこそこ点数があるのですが、小林多喜二はこれがはじめて、松田解子と江口渙が1点ずつ、宮本百合子・徳永直・本庄陸男・葉山嘉樹黒島伝治・伊藤永之介あたりはまだ作品の収録がありません。そんなわけですから、今回のこの企画、なかなか光があてられにくい「初期」作品に限っているとはいっても、けっこう大切なものかもしれません。かつては青木文庫や新日本文庫が、主要な作品を文庫にしていましたが、いまは両社とも文庫から撤退している状態ですから、こういうことになるのもしかたのないことかもしれません。
多喜二が小樽にいたとき、「そばや」という名目の店が、実態は買春宿になっている実態を、こうした作品で描き出しています。日常の世界から、ふとしたきっかけでこうした世界に流れていく女性たちに、多喜二はそれを「強制」する社会のゆがみをみているのです。そうした個人の運命と、たたかう労働者に加えられる弾圧とを、変革の対象たる「社会」の側面として統一してみるようになったところに、「初期」から進み出る多喜二が登場していくのでしょう。