別の側面

梶山季之(1930-1975)の『族譜・李朝残影』(岩波現代文庫)です。1960年代前半に書かれた二つの作品を中心として編まれたオリジナル編集版です。
作者は、日本の植民地だった朝鮮で生まれ育ったので、そこを舞台にした作品がこれです。作者の体験そのものを描いた作品ではなく、二つとも絵を描く日本人を主人公にして、朝鮮の民衆とのかかわりを作品にしています。
李朝残影』は、朝鮮王朝の舞踊を伝承している妓生を絵に描こうとする主人公がでてきます。彼の父親は軍人上がりで、いまは軍隊をやめているのですが、実は三・一独立運動のときに弾圧する側にいたということが作品の最後になって意味をもつしかけになっています。
妓生というのは、作者の筆によると、「李朝では、とくに官妓の制度を定め、内医院、恵民院の女医、尚衣院の鍼線婢という名義で、三百余人の妓生を宮殿のなかに養っていた。鍼線婢とは、裁縫を司る女官という意味である。/これは高麗の礼制に倣って、礼楽を国政の第一に定めたため、礼宴に女楽を必要としたからであった。/これらの官妓たちは、宮中に酒宴があるときは、宴席につらなり、顕貴・高官たちに酒杯を斡旋し、歌舞音曲によって興趣を添えた――と文献にある」のだそうです。
そういえば、チャングムのドラマで、医女の修業中に宴会に駆り出されたのをチャングムともうひとりは残って病人を診察する実習をしていたという場面がありましたが、それも、こうした習慣と関連があったのですね。