敵を知る

ベルトルト・ブレヒトの仕事〉第6巻『ブレヒトの映画・映画論』(河出書房新社、新装版、初版は1973年)です。
ブレヒトの映画に関するものが収録されているのですが、1932年に公開された映画『クーレ・ヴァンペ』という作品が、シナリオ制作のところからブレヒトが深くかかわったということで、初版刊行時にはまだシナリオ本体が発見されていなかったので、映画そのものからシナリオを復元したものが収録されています。1931年のドイツを舞台に、失業してみずから死を選ぶ青年労働者、家賃が払えないのを「自己責任」と裁判所にいわれて部屋を明け渡さざるを得ないその家族たちの生活を描いて、ナチス政権寸前の世相を批判しようとしています。
ところが、当時のドイツには検閲制度があったので、映画の公開にいちゃもんがつきました。ブレヒト自身が1932年にそのいきさつを書いているのですが、(この本の125ページから128ページにかけてです)検閲官は、この若者の自殺が「衝動的なものでない」「ひとつの階級総体の運命としてえがいている」「どうすればその点が変革されるかを、失業者たちに教えようとしている」というものだから、許可できないとブレヒトたちにいったというのです。
ドイツが、そのあとどのような運命をたどったかは、みなさんご承知のことだと思います。しかし、この検閲官のように、みずからの属する立場から、深く相手を研究していたものがいたということが、ナチス政権を準備していったのかもしれません。