遍歴

実盛和子(じつもり・かずこ)さんの『埴生の宿』(手帖舎)です。
実盛さんは、民主主義文学会の岡山で活動されている方で、小説だけでなく、短歌も作られている方です。その彼女の生活に取材したとおぼしき短編小説集です。
1928年生まれの作者のことですので、戦争が大きな節目になっているということもあるのですが、戦後、夫を亡くしてからの主人公の生活が、しっかりした視点から描かれているように見えます。
子どもが大きくなるまで、女ひとりでも生きてゆくという主人公の姿勢は、駅前で小さな店を営んでいるときに、近くにできたビール工場の施設づくりりの下請け会社の男と、男女の仲になったときにも変わりません。男と女の関係になってしまうという、人間の欠落を埋めたいという感情と、それでも生きるときに、相手に寄りかかって自分を見失うことのない生き方を選ぶというところを、両立させていくところに、この主人公のしっかりした視点をみることができるのです。それが、その後主人公が社会を変革していく運動に、地域の中からかかわっていくことにもつながるのでしょう。

本作りの形としての注文は、それぞれの作品がいつ書かれて、どこに発表されたのかという情報がないのが、残念です。