みどころはさまざま

まだ読み終わってはいないのですが、東海散士の「佳人之奇遇」を、岩波の新日本古典文学大系明治篇『政治小説集 二』(2006年)で読んでいます。いまのところ、巻九のあたりまでいっています。
作者の東海散士は、会津藩士で白虎隊の生き残りの人なのですが、その後政治家になり、後には閔妃暗殺事件にもかかわるというけっこう複雑な経歴のひとです。「佳人之奇遇」自体も、その暗殺事件をまたいで書かれていて、金玉均が跋文を書いたり、最後のほうになると、小説の中に登場するらしいです。というくらいの、国際情勢と連関したものです。
最初のほうは、小説の現在は1882年、アメリカ遊学中の主人公〈東海散士〉が、スペインの将軍の娘〈幽蘭〉・アイルランド独立をめざす女性〈紅蓮〉・太平天国にかかわった明の遺臣の男性・ハンガリーオーストリアからの独立にかかわった政治家などとふれあって、世界を知っていくのです。その中で、エジプトがイギリスに攻められるとか、ハイチの独立をめぐる話だとか、そうしたエピソードもちりばめられて、読者はいながらにして、作者の思想をとおした国際関係論を知ることができるしくみです。
作品をめぐっての意見としては、あらためてよく考えて、きちんとしたものにしておきたいと思うので、ここではとりあえず印象に残ったところを紹介しますが、エジプトがイギリスと戦いをはじめるときに、スペインから亡命してきた将軍(幽蘭の父親です)が、戦いの大義名分について論じる場面があります。もちろん、作者の仮構ですが、そこにみえる考え方はこういうものです。

イスラム教の立場からキリスト教への戦いという観点ではいけない。現在のエジプトがヨーロッパによって議会も無視され世論も取り上げられず国の独立が蹂躙されているがために戦うのであるから、そうした立場を強く打ち出せば、欧米にいる志のあるものも、義勇軍に応募したり、金銭をカンパしたり、論陣を張ったりしてくれるものもあるだろう。イスラム教の立場を鮮明にしたら、インドよりも西の地域では賛同してくれるものもいるだろうが、ヨーロッパの心ある人からの支援はえられまい。トルコはイスラム国だから応援してくれるかもしれないが、北のロシアとの関係があるから実際には何もできまい。宗教を旗印にしてたたかうのは、「往昔ノ事ニシテ今十九世紀ノ事ニアラズ」だというのです。

とりあえず、作者の思想はともかく、今読むと、こうしたところがけっこう考えさせるところだろうと思います。