事実認識

佐藤貴美子さんの『銀の林』(新日本出版社、1998年)のことを思い出しました。もちろん、再審開始を却下した高裁判断が出たからです。
佐藤さんの小説では、ふとしたことから再審請求の運動にかかわる若者が主人公になっています。小説の山場は、検察側の主張する毒物を、そのぶどう酒に入れると、色が変化してすぐに異物が混入したのだとわかるという実験をする場面でしょうか。報道では、高裁は、弁護側の証拠は信用するに足らないという理由で、地裁の再審開始の決定をくつがえしたというのです。
最高裁で争うそうなので、真実が見極められるといいと思うのです。

ところで、井上光晴に、『幻影なき虚構』(勁草書房、1966年)という雑文集があります。エッセイあり、評論あり、新日本文学会の大会での発言あり、短い犯罪実録めいた小説ありと、もりだくさんの内容なのですが、その中にこの事件を題材とした作品があります。裁判資料にもとづいて書いた、実録風の作品なのですが、そこでは、「犯人」であることが前提となっていて、その上で、「彼」の心理をえぐっていくという作品に仕上がっています。別に井上を誣いるつもりではないのですが、裁判資料によりかかることの危うさというものも感じてしまいます。