思い込みとは

橋爪紳也さんの『モダニズムのニッポン』(角川選書)です。
1920年代からアジア太平洋戦争がはじまるくらいまでの、いろいろなチラシやパンフレットなどを題材にして、当時の先端的な生活実態をあきらかにしようとしたエッセイ集です。
この本はなかなか考えさせるところがあるのですが、それは別の本と組み合わせて、次回あたりにまたやるとして、ここでは、デザイン系の話を。
活字の世界ばかりを知っていると、戦前の出版物は旧字体を使っていたり、横書きは右からはじまるものだと、ついつい考えてしまいます。それが嵩じると、戦前の活字の字体(康煕字典体が基礎になっているやつですが)を「正字」と呼んで、現在の標準的な活字(JIS規格)を見下す人もいるようです。
しかし、橋爪さんが蒐集した資料によると、横書きで左始まり(現在と同じ)ものも、特に数字がなくても珍しくないし、漢字の字体も、活版部分はちがいますが、いわゆる意匠に類する、デザインの書き文字では、現在の字体と共通するものがけっこうあります。
もちろん、「藝」と「芸(うん)」とをごっちゃにした現在の日本の漢字がすべていいとは言いませんが、(たとえば『紅楼夢』に芸(うん)という名前の人物が出てくるので、ややこしくなっています)こういう事例をみれば、康煕字典体を「正字」というのが、漢字の実態とは関係ない、固定観念のもたらしたものだとわかるのではないでしょうか。
考えてみれば、中国(大陸でも台湾でも)で、「簡体字」の反対概念は「繁体字」であって、「正」ということばは使われていませんよね。