経験と構想

能島龍三さんの『分水嶺』(光陽出版社)が出ました。著者の最近の短編をあつめたものです。能島さんは、あの戦争が人間に与えた影響をいろいろな形の作品として追求している作家ですが、この作品集でも、そうした意欲が見られます。
自分の体験をベースにしたと思しき作品と、自分が体験できなかったあの戦争(作者は1949年生まれです)を描くことを目標とした作品が収録されています。自伝的な作品でも、戦場体験をもつ父親との葛藤が、主人公の精神形成に大きくかかわっていますから、戦争と無縁とはいえません。
ただ、戦争にかかわる作品が、いずれも登場人物の幻想を軸にしているということは、少し注目すべきかなと思います。あえてそういう形で、人間の想念のつよさを描こうとしたのかどうかは、もう少し議論が必要かもしれません。