読み飛ばしは危険だ

『日本文学全集 田山花袋集』(筑摩書房)を読みました。
もともとは、最晩年の長編「百夜」をめあてに、古本屋の廉価本の棚から見つけてきたのですが、その中にはいっていた中篇、「ある僧の奇蹟」に驚きました。といっても、最初に読んだときには気がつかなかったのですが、吉田精一さんによる解説で、この作品には大逆事件が反映しているということが指摘されていたのです。
しかし、いわれないと気がつかないような叙述であることも否定できません。「自分ももう少しであの『恐ろしい群』の一人になるところではなかったか」というのが、主人公の僧侶の感想なのです。「かれ等は少なくとも犬死ではなかった。すぐれた芽を蒔いたには相違なかった」とも主人公は思います。しかし、彼はもっていたその手の本を売り払い、郷里の廃寺に居を定め、そして信仰のみちを深めていくのです。
そういえば、花袋には、「トコヨゴヨミ」という、やはり大逆事件のあと逼塞して、万年カレンダーを作って売り込もうとする主人公を描いた作品があります。これは三一書房の『日本プロレタリア文学大系』に収められていて、読んだ記憶もたしかにあるのですが、そうした作品とすぐには結びつかなかったというのが正直なところです。
ただ、二つの作品が、いずれも〈挫折〉ムードにちかいという点は、今後考えなくてはいけないかと思います。