綺は綺麗のき

ブラッドベリの話ではありません。
中村真一郎の『城北綺譚』(水声社)が出ました。没後遺稿として発見された作品で、今まで単行本に収録されていなかった作品です。
「僕」という語り手が、旧制高校時代に世話になった実業家の遺した手記を紹介するという設定で、その実業家の実らなかった恋と、その後日譚を展開していきます。その相手の女性は、彼が高校時代に仲がよかった遠縁の女性で、お互い意識していたのですが、彼は自分が世話になったより近い親戚の縁者の女性と結婚することになってしまうのです。別の男性に嫁いだ彼女ですが、おたがいが老境にさしかかって、思わぬできごとがおきるのです。彼が媒酌人を頼まれた婚礼に、妻が参列できなくて、その女性に代役を頼むのです。そしてふたりは、媒酌役としてその日だけの擬装の夫婦を演じるのです。
作者は、「牧歌小説」というヨーロッパの概念をつかって、この実業家の回想録を展開していくのです。そこに、〈綺譚〉という、永井荷風谷崎潤一郎を思わせるタイトルを、作者流に換骨奪胎する意識がはたらいたにちがいありません。
中村さんは、私の大先輩に当たる方で、彼が中学時代に習った先生が、私のときもまだ在職していらして、教わった覚えがあるほどなのです。そういうわけで、生前の面識は得られませんでしたが、できる限りの著作は買っていました。水声社は「中村真一郎の会」の事務方を引き受けたようで、今後新しい著作も出していくのでしょう。それは楽しみです。