ひとつ年上

中沢けいさんの、『豊海と育海の物語』(集英社文庫)を読みました。これは、文庫版オリジナルの編集もので、表題作は書き下ろし、あと単行本未収録の作品と、旧作のリバイバル(「ひとりでいるよ 一羽の鳥が」など)とでできています。
中沢さんが「海を感じる時」で群像の新人賞をとったのは、かれこれ30年近く前のことですが、当時高校を卒業したばかりの彼女は、一つ下の私には、ずいぶんとまぶしく感じたものです。特に、内容が高校生同士の性愛を描いたものだけに、〈うらやましい〉というような感覚にもおそわれなかったといえばうそになるでしょう。
このときの選考委員に佐多稲子がいて、選評で宮本百合子を引き合いに出していたことを知ったのはずいぶんとあとになります。
そういうこともあって、中沢さんの作品はずっと追いかけてきたのですが、若い頃の感性は、中条百合子の初期のもの(荒木さんと結婚していた頃)と共通する雰囲気をもっていたような感じがします。そのあと、やや難解なものを追求していたようなところもありましたが、最近はすっかり〈いいお母さん作家〉になっているような感じもします。(そんなことをいうと、当人はすごくふてくされるのではないかとも思いますけれど)この本に収録した、「赤い靴下」(初出は『新潮』2002年9月号)は、男の子をもつ母親の感覚を描いて、すぐれたものだったと記憶していましたが、あらためて、今回よいものだなと思いました。小学生の子どもが運動クラブにはいったときの、母親のやることというのは、ある種のパターンができているのですが、それが上手に描かれていて、仕事を持つ女性の面と、母親という面とをどのようにとらえるのかが、似たような状況にある家庭にとっては、共感できるものとなっています。
この作品だけでも、価値がある本だと思います。