共同体の溶解

仲間うちの読書会で、『その名にちなんで』(新潮社)を読みました。インド系アメリカ人の女性作家、ジュンパ・ラヒリの作品です。
インド、ベンガル地域出身の男女が、アメリカで結婚する。そして生まれた男の子に、名前をつけるときに、しきたりどおりにインドの祖母に名前をつけてもらおうとするのだけど、その手紙が届かないので、しかたなく、父親が列車事故にあったときに読んでいたロシアの作家、ゴーゴリから名前をもらって「ゴーゴリ」という名前をつけることになるのです。
その、ゴーゴリ君が、大人になっていく話なのですが、彼は何人かの女性とつきあうのだけれども、長続きしません。幼馴染のインド系女性と結婚して、今度はうまくいくと思ったら、妻が不倫をしてしまって、結局は離婚するのです。
読んでいての印象は、田山花袋の「時は過ぎ行く」を思い出させるものでした。幕末から明治への時間の流れを背景にして、一家の変遷を描いた作品と、このインド社会を背景にしながらも、アメリカの土地で生きてゆくラヒリの作品との間には、共通するものがあるように思えます。それは、親の世代が引きずっていた、出身の共同体的なものが、次の世代には溶解しつつあるものとして映っていく。ある意味では、現代日本でも珍しくないことかもしれません。なかなか結婚しないこどもたちをもった親の立場が、よく描かれています。
作者自身は、ゴーゴリ君とおなじくらいの年齢なのですが、そうした親の世代の生き方と、自分たちの世代のありかたとの比較をふまえた、抑制された叙述は、ゆったりしたイメージを読者に抱かせます。