海の上

伊東信という人の作品をいくつか読みました。1960年代の海員の生活に取材した作品を多く書いていた人です。
『航跡はいまだ』(東邦出版社)の中の表題作「航跡はいまだ」は、今で言う過労死をした船員の未亡人が、それが職務上のものだったことを認定してもらおうと訴えを起こしたことに対しての、さまざまな人たちのかかわりを描いた作品です。
当時の海員の合理化と、それに対して海員組合がどう対応するのか、またその中にある、陸上勤務へのあこがれとの関係など、海をめぐる状況をとらえています。
その中で、1960年代の合理化として、船医を真っ先に整理の対象とするというような叙述がありました。北杜夫さんの「どくとるマンボウ航海記」は、ご存知のように、船医となった主人公が世界中を回るという話ですが、そういえばあれは1950年代のことだったなと思いました。あの時代の、牧歌的といってはよくないのでしょうが、雰囲気はたしかに「合理化」以前のもののような、よさがあります。最近の〈昭和30年代ブーム〉のなかで、読み直されるのではないかとも思うのですが。
一方、佐多稲子さんの『振り向いたあなた』(角川文庫で読みました)は、1960年のことを書いた作品ですが、海運会社に勤務する主人公の女性が最後にたどりつく男性が、船医だという設定になっています。これも、「合理化」以前の作品なので、そうした社会的な側面は捨象されていて、そんな中で、そのドクターが、寄航先のキューバの国づくりに感銘を受けたと主人公に手紙を書くのがかえって違和感を感じるくらいなのです。
海の上をあつかう作品も、いろいろあるものです。