丸谷才一も80歳

丸谷才一の『闊歩する漱石』が文庫本になったので、読んでみました。丸谷の小説はあまりすきになれないのですが、彼の評論はおもしろい。とくに、文学史的考察というのは、古典と現代とをつなぐものとして貴重なヒントをくれます。(とはいっても、前に『民主文学』に水野昌雄さんが彼の勅撰集中心論を批判する文章を書いていたように、それを評価しない人もいるようですが)
丸谷はかつて、漱石の徴兵忌避(北海道に戸籍を移すことで徴兵逃れをした)という経歴に着目した論をたてています。今回の文章でも、漱石の神経衰弱の一因として徴兵忌避をあげた昔の文章を振り返っています。
今回は、「猫」と「坊っちゃん」と「三四郎」をとりあげ、漱石がロンドンで体験したイギリス文学の経験が、これらの作品に反映していることを論じています。文学が社会を反映するということを、エンゲルスのいうような形とはちがう形式でとらえるのがイギリス風だというようです。(丸谷がエンゲルスを引き合いにだしているわけではありませんので、誤解のないように)
さて、「坊っちゃん」の中の、彼が悪態のことばを羅列するところが面白いのだというのです。それを「列挙」という形で説明しているのですが、そこに引き合いに出されるのがラブレーのものです。ラブレーといえば、最近宮下志朗による新しい訳が出版されて、また注目されているようです。そういうこともあって、興味深く読みました。もちろん、これが漱石の読み方として絶対だというつもりはありません。
それにしても、丸谷才一ももう80歳ですか。石川淳に風貌が似てきたような感じがするのですが、石川が80歳のころというと、『狂風記』を書いていた時期ですか。昔の人のほうが老成していたようにみえるのは、見ている自分との年齢差からくるのでしょうか。