わからなくはない

高井有一さんの『この国の空』(新潮文庫、2015年、親本は1983年)です。
1945年の初夏から8月上旬までの東京杉並区を舞台に、若い女性の生き方を描いた作品です。
1925年の丑年生まれの主人公は母親と二人暮らし、父親は中国との全面戦争が始まる前に病気で亡くなっています。空襲で夫と子どもを亡くした伯母(母の姉)が転がり込んできたり、隣家の銀行員は妻子を疎開させて一人で暮らしているのですが、その男に主人公は徐々に惹かれてゆく、という恋愛がらみもあったり、当時の世相とからめて描きだしています。
実際に東京をはじめ、あちこちが空襲で焼かれ、配給では足りずに着物をあてに買出しにいったりと、戦争の動向がみえてくるにつれて、人びとの生活の荒れるさまも、ていねいに描かれます。それでも生活しなければならない現実というものを考えざるをえないのです。
映画化が、文庫にしたということもあるのでしょうが、こうした形で、読めるのはありがたいことですね。
帯には映画化の記事があり、キャストが少し書かれているのですが、母親役は工藤夕貴でしょうか。「戦争と青春」では娘役で、シングルマザーになる役を演じた工藤が、今回は母親役になるというのも、時間の経過を感じますね。