命の値段

村上龍さんの『心はあなたのもとに』(文藝春秋、2011年)です。
金融ファンドで財をなした50歳くらいの男性が知り合った、30歳ほどの離婚歴ありの女性が、1型糖尿病の患者で、常に健康不安に脅かされているということがわかります。そこで男は、女性の生活を援助し、彼女の目標である管理栄養士になるための勉強を始められるようにします。ところが、病気が(糖尿病そのものというより、併発するいろいろな不具合が)原因で、女性は亡くなってしまう、というのがストーリーのおおわくです。
ここで、男がいわゆる富裕層を対象にしたさまざまなビジネスを計画したり、みずからがその対象となったりしているところが、村上さんらしいというところでしょうか。女性に対する援助ができるのも、彼がそれなりの収入を得ているからで、そうした裏づけがなければ、女性はもっと早い段階で、窮地に陥ってしまった可能性があります。
こうした人たちが、自分の可能性の実現を試みられるためには、最低限の生活の保障が必要なのではないかと考えます。スタートラインには、誰もがたてなくてはなりません。今の民間には、そうした思考が欠けているのではないかと疑いたくなります。『民間にできることは民間で』と主張する人たちがいますが、やるべきことを〈民間〉はやっていないのではないかと思うこともあります。そういうときに〈民間〉に任せたら、ますます安定した生活は遠ざかっていくのではないでしょうか。