あからさまに

昨日の記事に、あさくらはじめさんからコメントをいただきました。また、あさくらさんに紹介していただいたサイトにもおじゃまして、コメントをつけてお返事もいただきました。
ですので、コメント返しではなく、エントリーをあらためて、補足をしたいと思います。

朝鮮戦争の日本人の関与については、もう手放してしまったのですが、『史実で語る朝鮮戦争協力の全容』(山崎静雄、本の泉社、1998年)という本を以前読んでいたのです。そのなかみのうろおぼえだったので、『コクリコ坂から』に関して、主人公や理事長が、朝鮮戦争における父親の〈戦死〉に関して、隠すことでもなく、はっきり言及していることに、若干の違和感をもち、昨日の記述になったわけです。

けれども、あさくらさんの記憶や、映画感想サイトの記述に拠れば、当時はやはり周知の事実だったと考えるのがよさそうです。ですから、昨日の記述のうち、理事長発言がおかしいという部分は、撤回します。まだ戦争が終わって5年しかたっていない時期に、日本の近くで戦争がおきれば、やはり何らかの形で〈協力〉しなければならないという意識は、当時の人たちの中にはあったのでしょうし、それが、秘密にされるべきことという意識もあまりなかったのでしょう。

ただ、基本的には、日本は〈参戦〉できないのですし、〈特需〉という形で経済的に潤ったということも、この話題にふれることを徐々に表に出さなくしたのかもしれません。その点で、今回の映画が、〈朝鮮戦争における日本の立ち位置〉について、あらためて考え直すきっかけにもなるのなら、話題にする意味はあるのだと思います。