知られていたのか

(注意)映画『コクリコ坂から』の設定にかかわる問題提起です。ネタバレのいやな方は、見ないでください。




映画『コクリコ坂から』は、主人公の父親の友情が、ひとつの大きなストーリーの骨格をなしています。親友3人で写った写真(たまたま真ん中になった人が、一番最初に亡くなるというのは、いささか何ですが)がポイントになります。その最初に亡くなった親友の遺児を、海員仲間に託すという流れが、そのあとの運命を決めていくのです。
さて、実はその、主人公の父親は、「朝鮮戦争」のときに船に乗っていて死んだという設定になっています。主人公はそれを知っていて、学校の部室棟の取り壊しをやめさせるように、理事長に直訴に行ったとき、理事長から問われてその話をします。すると、出版社の社長でもある理事長は、「LSTか」とつぶやきます。

朝鮮戦争は、朝鮮民主主義人民共和国軍、中国義勇軍と、国連軍との戦いです。当時日本は国連に加盟していませんから、たてまえ的には国連軍に参加するはずはありません。もちろん、実際には日本の掃海艇が機雷除去作業に参加したことが当時の国会で問題にされましたし、ほかにも船がひそかに国連軍によって徴用されていたという感じの発言もあります。その中で「戦死」した日本人がいたことも、掘り起こされているようにも記憶しています。
けれども、映画『コクリコ坂から』の作品舞台の、1963年に、そうしたことが周知の事実だったのかどうか。プログラムは見ていないので、ひょっとしたら言及があるのかもしれませんが、角川文庫の、『コクリコ坂から』の脚本版には、それに関する記述はないようです。どんなものでしょう(とりあえず、理事長の「LST」は変ですね。戦車揚陸艦ですから)。