そびえる

関谷博さんの『幸田露伴の非戦思想』(平凡社)です。
関谷さんの論考は、かつて『幸田露伴論』(翰林書房、2006年)についてここでふれたことがありますが、露伴の作品を、時代の中にきちんと位置づける論の着実さが印象に残っていました。
今回は、露伴の「少年文学」とされる作品の中の、若者たちへの語りかけのなかに、実際の日本のみちゆきとは異なる可能性を見出そうという試みです。当時の若者向けの雑誌の記事には、中国や朝鮮に対して最初から侮蔑的なまなざしをもって対していたものが多く、日清戦争以前からそうした言説が若者にむけて発せられていたことも、ここで知ることができます。その中で露伴の文章には、そうした姿勢がほとんど見られないことを、著者は論証していきます。その点で、いままであまり省みられなかったこの方面の文章に、光があたることにもなるのでしょう。
そういう露伴でも、最晩年には、文学報国会に引っ張り出されそうになるのです。会長就任を打診され、健康問題を理由になんとか断ることができたというのです。なかなかそこを通すのは大変だったことでしょう。