あてこみ

今月の岩波文庫の新刊のなかに、坂崎紫瀾の『汗血千里の駒』があります。
坂崎と聞いてもご存じない方もいらっしゃるでしょうが、大河の『龍馬伝』の最初で、功成り名遂げた岩崎弥太郎に、〈龍馬のことを聞きたい〉と接近した男が登場しますが、それが坂崎なのです。
この『汗血千里の駒』は、そういう目からみれば、テレビの人気を意識した選択ではありますが、文庫本というかたちで出ることで、明治の政治小説に、少しは目が向けられることにもなるのでしょうか。
もともと、新聞の〈つづきもの〉として選ばれていたのは、どちらかというと、今の週刊誌ネタになるような、話題の事件に材をとった通俗よみものでした。けれども、そうした新聞を借りて、当時の自由民権運動の前身に寄与したいという意識が、当時の活動家のなかには生まれてきたようで、坂崎の仕事も、そのなかに位置づけることができます。ほかにも、『東洋民権百家伝』(江戸時代の百姓一揆を記述したもの)を書いた小室信介(この人は、勝山俊介さんの『天橋義塾』の重要人物でもあります)や、『最暗黒の東京』の松原岩五郎など、1890年の国会開設に向けてのさまざまな活動のなかに、こうした政治小説や、歴史探訪やルポがはいってきます。それは、紅葉や鴎外とはちょっとちがった近代文学の展開を生んだかもしれません。その意味で、当時の作品が広く知られることは、いまの文学状況のなかで、たとえテレビの人気がもとであろうと、おもしろいことだといえるでしょう。
よむのはけっこう後になるでしょうが、この際、積み残している『経国美談』もあわせてみましょうか。