広がり

佐多稲子『いとしい恋人たち』(角川文庫、1959年、親本は1956年)です。
作品自体は、1955年10月から週刊誌に連載されたということです。
当時の東京を舞台に、夜間大学に通う女子学生と、その周辺の人たちの姿を描いた作品です。
佐多稲子の作品には、自分の生涯を素材にした作品(『私の東京地図』とか、『歯車』とか)が多く、それについて語られることが多いのですが、こうした、当時の用語ならば〈中間小説〉に当たるようなものもあるのです。
まえに、似たような『振りむいたあなた』(角川文庫)について触れたことがありましたが、そのときには、けっこう〈ぬるい〉作品だと思ったのですが、今回は、そうは思いませんでした。1955年という時期の、自分の生きる道を考える女性を中心に、その周りの人びとの姿が、きちんと描かれています。今でいえば、『女性のひろば』に掲載される作品を読んでいるような感じがしました。
こうした作品が、一般の週刊誌に連載されたというところに、当時の民主主義文学のありどころもあったのでしょう。それが、『振りむいたあなた』のレベルにさがってしまうところに、佐多稲子個人の問題があるのでしょう。それはまた、別のことですが。