パンデミック

娘が大学を受けたときに、いわゆる〈赤本〉と呼ばれる、入試の過去問集を買っていたのですが、その中に、小説の問題がありました。
これも、最近は著作権にうるさい人があらわれて、ある年など、センター試験の問題文が白紙になったこともあったのですが、その大学では、2年続けて、著作権の切れた作者の文章が出題されていました。
一つは横光利一の「雪解」(1945年)から、作品最後の、主人公が中学時代をすごした町を訪れる場面です。横光自身は、三重県の柘植というまちで育ち、上野にある県立三中(今の上野高校)に下宿して通っていたので、その頃の体験をベースにしているのでしょう。主人公の近所に住む女学生と仲がよかったのですが、それが周知のこととなり、彼女は母親から主人公との接触を禁じられてしまいます。主人公は、その気持ちをくんで、卒業まで彼女との接触を求めることもなく、東京の学校へと進学するのですが、彼女は「スペイン風邪」で、あっさりと亡くなってしまうのです。
出題されたのは、主人公が彼女と会わない決意をしていく場面から、彼女の死んだのち、その町を訪れて回想する場面でした。
この作品は、横光の戦後第1作にあたるのですが、厳密にいうと、1933年に一度発表していたものに、彼女が亡くなるところを書き加えたものなのです。当時の作者の喪失感をこうした形であらわしたのかもしれません。

もう一つは、宮本百合子の「伸子」からの出題でした。伸子が、開成山で母親と寝床の中で佃の生き方に関して議論する場面です。別れようともがきながらも別れる決心のつかない伸子の、逡巡するところが描かれています。
かんがえてみれば、佃と伸子がむすばれたのも、インフルエンザに罹った伸子を看病したところからでしたね。

横光と百合子とは、たしか学年では同年だったと思います。それぞれの人生の中に、インフルエンザが影響しているというのも、時代なのかもしれません。そういえば、尾崎一雄が、早稲田に進学して文学の方向に進めたのも、父親がインフルエンザで亡くなったからでした。