あこがれ

谷崎潤一郎吉野葛蘆刈』(岩波文庫、1986年改版)です。
作品自体は、「吉野葛」が1931年、「蘆刈」が1932年のものです。いずれも、ある土地に惹かれて作者がそこを訪れ、それを契機に物語の語り手から、かれの慕情を聞くという設定になっています。そこに、関東大震災のあとに関西に移り住んだ作者の、土地の記憶とも言うべき、古い重層的な文化のなかに、そこに生きる情のありかたをおいかけたといってよいでしょう。そういう意味では、作者の土地との交情なくては成り立たない作品だといえるのです。

プロレタリア文学の全盛期に、こうした、土地と文化との結びつきを描いた作品を谷崎が出したということの意味も、考えなくてはいけません。古典的なものをどのように考えていくのかは、この国にいるかぎり、受け止めなくてはいけないのですから。