勝ってはいても

火野葦平『陸軍』(中公文庫、全2巻、2000年、親本は1945年)です。
もともとは1943年5月から1944年4月にかけて「朝日新聞」に連載されたさくひんで、単行本になる前に映画化されたというものです。北九州の一家の歴史に、陸軍がどうかかわっていたのかを描いています。
戦時中の作品ですから、当然軍隊の悪い部分など書けませんし、作品を執筆中に戦局はどんどん悪化していくのですから、作品に描かれる戦場風景が、景気のいいものにみえないのです。1942年のフィリピン攻略戦が描かれるところでも、食糧の補給がうまくいかない(兵站軽視は日本軍の伝統ですが)ところだとか、飯盒炊爨すれば火が相手の攻撃目標になるとか、なんか大岡昇平の書く、1944年から45年にかけてのフィリピンかとも思わせるような場面まで出てきます。実際に全滅した部隊もあって、それを「玉砕」と表現しているところなど、この戦争そのもののむなしさまで浮かび上がってくるというのも、どうかと思うところです。