絶望

ロシアの作家、ブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』(水野忠夫訳、集英社世界の文学収録、1977年、原著は作者没後の1966年に刊行される)です。
作者はスターリンからうとまれ、不遇のうちに1940年に没した作家なのですが、1960年代にはいって再評価されたということです。
この作品は、「悪魔」がモスクワに現れ、ひとびとを混乱させるなかで、「巨匠」と呼ばれる作家が、自分の書いたピラトを主人公とする作品をとりもどすという仕組みになっています。
ギリシア正教の世界での、イエス磔刑の評価はよくわからないので、作者がそこにこだわろうとすることが、どのような位置づけなのかはよくわからないのですが、当時のソビエト政権のもとでの抑圧感が、作品の流れを決めているようです。悪魔によってもたらされる混乱は、同じ作者の「運命の卵」で、怪光線をまちがって浴びて巨大化する怪獣の描写に通うものがあって、そこはそうしたものとして読めるのですが、決して気持ちの良いものではありません。
そこに、当時の社会に生きる人への、作者のある種の絶望的な感覚があるのでしょう。彼にとって、ソビエト政権に生きる人たちを、圧制の犠牲者として共感をもって眺める視点は、少なくともこの作品には感じられません。本質を見抜いたがために犠牲となるのは自分だけというような、ある種の優越感が見えるといったら、言いすぎでしょうか。スターリンがひどいのは当然なのですが、弾圧された人すべてがいい人だったとはいえないという実例なのかもしれません。