日常の延長

今年のセンター試験の小説は、原民喜の「翳」という作品です。戦時中、妻を亡くした主人公が、訃報の通知を旧知の人物に送ったが反応がない。いぶかしんでいると、その人の父親から来信があって、息子はすでに亡くなっていたというのです。そして、主人公はその彼とのかかわりを思い起こすというところです。

その彼は、新潟県から都会に出てきて、魚屋で御用聞きをしている。まだ入営前の青年で、教練に出ては、そのときの様子を楽し気に再現しているような若者だったのですが、兵役につき、除隊後は満洲にいたのですが、病を得て帰郷し、まもなく亡くなったのです。

中等学校に進学すれば、授業の中に教練があって、それが卒業に必要な科目だったわけですが、この青年のように、進学しない人は、居住地で教練をうけていたのですね。当たり前のことでしょうが、こうして書かれていることで、当時のふつうの人たちの生活のありようがみえてきます。徴兵検査は本籍地で受けますから、かれはそのときは新潟に帰ったのでしょう。さりげない描写に、生活の実態はうつるのですね。試験問題とはいえ、いいものを出題者は選んでくれたようです。