後退戦

中本たか子『耐火煉瓦』(竹村書房、1938年)です。
1932年の川崎の日本鋼管の下請で耐火煉瓦を作っている会社を舞台に、そこに働く労働者の姿を描いた長編小説です。書き下ろしで刊行されました。
1932年といえば、実際には労働運動が盛んだったころなのですが、小説が出た1938年には、そうしたことは時代背景としても出すことはできません。そうした動きを暗示するようなビラが出てきたり、中心人物のひとりである女性労働者の造形に、暗示的なものがあらわれたりと、かつての時代をほうふつとさせるものはあるのですが、表面には出てきません。野球部や運動会で労働者(それでも本工と臨時工で、人夫と呼ばれる最下層に位置づけられた労働者はそこからもはみ出ています)の融和をはかったり、召集令状が来て戦地におもむく労働者を美化したりと、時代に流されているのではないかともいえるものもあります。作者本人の意図はともかく、苦しい時代のひとつのあらわれではあるのでしょうか。