くいちがい

野口冨士男『風のない日々』(文藝春秋、1981年)です。1980年に『文学界』に連載された長編で、1930年代半ばの東京を舞台にして、ある銀行員がふとした行き違いで妻をひどい目にあわせるという話です。彼は、最初の結婚が壊れた後、義兄を通じて持ちこまれた見合い話を受けて、再婚します。けれども、夫婦の間は、育った環境の違いもあって、打ち解けないまま日々を過ごしていくうちに、悲劇が生じるというのです。
もちろん、その心理を描くところがストーリーの本筋なのですが、作者は語り手となって、1930年代なかばの世相と、作品を書いている1980年の社会との比較も試みます。世の中のありようもそうですし、家庭のありかた、というか、結婚に対する受けとめ方の問題なども、1980年の眼から40年ほど前を振り返るという形をとります。そうした環境の違いを、よく描いているとはいえるのでしょう。作品発表から25年経ったいまなら、もっと違いは明白なのかもしれません。
1930年代と今とは違うのか、同じ面があるのか。そこはこれからの世の中をどうしたいのか、ということともかかわるでしょう。それは問われているのです。