輪の中

十川信介さんの『「ドラマ」・「他界」』(筑摩書房、1987年)です。
明治20年代の近代文学の成立期をめぐる論文を集めたものです。坪内逍遥の「小説神髄」が与えた影響のなかで、いろいろな作家が、新しい文学を試み、批評家もそれに応じてさまざまな概念を提出した時代です。実際に、その中で語るに足るべき作家や作品は必ずしも多くはないのかもしれませんが、その狭い世界の中での鴎外であり露伴であり、忍月であり不知庵でありという、そのころの人たちの仕事には、やはり見るべきものはあったのでしょう。
著者自身も、1970年代後半からしばらくの間、越智治雄前田愛の仕事に影響を受け、〈暗黙のうちに一種の対話の糸〉を感じていたようです。そうした状況に、ある意味では明治20年代の文学世界との類似を見ていたのかもしれません。たしかに、そうした雰囲気の一端は、あったような気がします。