語れるもの

田山花袋『一兵卒の銃殺』(岩波文庫、1955年)です。
実話をもとにした作品らしいのですが、日露戦争にも従軍した現役兵士が、外出のときに帰営時間に遅れ、そのまま脱営して、最後には無銭で泊まった旅館を放火して全焼させ、それが露見して銃殺されるという話です。その兵士は、徴兵前から女性関係にだらしなく、結婚もしたのですが、うまくいかなく、脱営して宿泊した旅館に、かつて自分が関係を結んだ女性が働いていたのも、放火に至った心情につながるという、けっこう込み入った作品です。
主人公は、戦場でけっこう野蛮なこともやっているようで、それが放火という行為にもつながっているのです。そのへんは、作品で語ることもできたのでしょう。
というのは、この作品、書き下ろしで発表されたのが1917年1月なのです。当時は欧洲大戦のさなかで、いちおう日本も参戦していたはずなのですが、こうした作品が出版できたというのは、けっこうゆるかったのでしょうか。
ただ、それこそ、空気を読むとでもいうのか、泉鏡花の「海城発電」は、1941年の『鏡花全集』には収録できず、1976年まで待たなければならなかったということもあります。これは圧力なのか、自主規制なのかは知りませんが、そうした圧迫のもとにそのころの日本があったことは、知っておかなければいけません。