きっかけ

鷲巣力さんの『「加藤周一」という生き方』(筑摩選書、2012年)と海老坂武さんの『加藤周一』(岩波新書)です。お二方とも、その人なりのアプローチをしていますが、どちらも、加藤の仕事の中で、『三題噺』から『羊の歌』にかかるあたりが重要な意味をもつということでは一致しているようです。それ以前の仕事には、やはりせっかちな部分がいろいろとあるということでしょうか。
何年か前に、『日本文学史序説』について書いたことがあるのですが、そのとき、加藤周一の文章を読んだのは、新聞連載をリアルタイムで読んだ、『言葉と人間』(朝日新聞連載)と『真面目な冗談』(毎日新聞連載、ただし匿名だった)ということから文章をはじめました。今から思えば、いい出会いだったといえるでしょう。当時、加藤の著作を文庫で読むには講談社文庫の『雑種文化』しかなかったはずですし、新書では『羊の歌』となるのでしょうが、『雑種文化』はやはりあいまいなところもありますし、『羊の歌』をいきなり読んだとしたら、すんなり理解できなかっただろうと思います。あれは、〈加藤周一〉に関心をもちはじめた人が読むにはいいのですが、初心者が読むものではないでしょう。新聞連載で、同時代の流れのなかで加藤の文明批評に出会えたことは幸いだったと、あらためて思います。