同時進行

レンブルグ『パリ陥落』(工藤精一郎訳、新潮文庫全3冊、1961年)です。
むかしの文庫本は不親切で、原本がいつ刊行されたかという基本的なことが書かれていないのですが、西洋の作品に多い文末の執筆年月によれば、1940年の8月から1941年の7月までの執筆だそうです。
1936年の人民戦線政権の成立のころから、1940年のドイツとの戦争に敗北するまでの時期の、フランスのさまざまな一面を描きます。虚の人物のなかに、実名で登場する人物が話題になるという形式で、情勢を描こうとしています。
もちろん、当時の作者が、ソビエト政権の方針から逸脱することはできませんから、独ソ不可侵条約からしばらくの時期を書いた部分では、やや筆の運びが晦渋になっていて、困っているのかとも思うところもあるのですが、とりあえず、1941年6月の独ソ開戦が、ことをはっきりさせたということはできるでしょう。
そう思うと、書き始めのころには、事態の推移はまだ不分明で、ドイツ軍がイギリス侵攻もありうると考えられていた時代だったわけですから、そのときに人民戦線を書くことには、勇気も必要だったでしょう。そこが、この作品の読みどころかもしれません。

翻訳だからしかたがないのでしょうが、ドイツがほしがっている『ズーデット』地方とあって、どこかと思えば、ズデーテンラントのことだったのです。ほかにも、『オヴィディ』を読むとあって、よくよく考えたらオウィディウスのことでした。地名や人名の表記はむずかしいものですね。