環境を生かす

風立ちぬ」をもう少し。
戦前の社会には、格差があったことはいうまでもありません。軽井沢で避暑ができる里見家のありようは、恵まれたものであることはすぐにわかります。二郎の実家にしても、二郎が大学に行け、妹が医者になれるだけのゆとりがあるのです。
必要なのは、そのことを知った上で、自分の与えられた条件をどうみるのかということでしょう。二郎がシベリアを子どもたちに与えようとして拒絶されるところがいい例であって、ここで二郎に求められるのは、優れた飛行機を設計する技術力を、どのようにして社会全体に還元できるのかを考えることでしょう。
菜穂子が療養所にいくことを決断するにしても、そういう機会さえ得られなかった患者の人たちもたくさんいた(最初の夢の場面で、二郎の飛行機に手を振る製糸工場の女性労働者のなかにも、結核に罹患した人もいたでしょう)上での、菜穂子の選択だったことは、見ておく必要があると思います。
そうしたところは、作者は気をつけて描いているように思えました。

ところで、二郎の勤めている飛行機の工場にも女性労働者がいましたが、宮本百合子の「三月の第四日曜」(1940年の作品です)の主人公の女性も、軍需工場で飛行機の図面を引いていました。きっと、二郎のような設計技師の原図を、トレースするような職場だったのでしょう。そうしないと、現場で量産はできませんから。百合子の作品は、東京を舞台にしていましたから、陸軍の飛行機をつくっていた工場の関係だったでしょう。