虚実のあわい

西村賢太さんが、『新潮』に、「歪んだ忌日」という作品を発表しています。例によって、〈北町貫多〉という作家を主人公にした作品で、彼が師とあおぐ藤澤清造の祥月命日の法要を、彼が文学賞を受賞してから周囲の思惑に振り回されて今までのように運営できなくなっていた顚末が書かれています。
ただ、〈北町貫多〉の受賞した文学賞が〈芥川賞〉と実名になっています。しかたがないといえばそれまでですが、芥川賞をとったのは西村賢太であって、〈北町貫多〉ではありません。作者と一心同体ではあるのは充分承知のうえですが、こういうときの書き方はむずかしいものです。むかしも、尾崎一雄の〈緒方〉とか、横光利一の〈梶〉とか、作者の分身に三人称の姓名を与えるものはあったわけで、そうしたものと同じで、書くほうも読むほうも承知の上ではあるでしょう。めくじらをたてることではありません。