横暴

『新潮』で加藤典洋さんが、日本文学を外国語に翻訳する事業への政府の援助が、事業仕分けで廃止されることになったと書いています。
何でも、仕分け側の人間には文学の専門家がまったくいなかったし、そこでの議論も誤ったデータに基づいたものだとか。
パフォーマンスを政治と取り違えているのは、メディアにも責任はあるとは思いますが、こういうこともあるのでしょう。さらに、アメリカでは、翻訳小説の価値があまり知られておらず、『外国出身の作家が英語で書いた』と一般には思われるらしいというのです。たしかに、音楽のヒットチャートの世界では、英語で歌うのが前提ですが、同じことが文学のほうでもあるというならば、それもどうかとは思います。