その時なればこそ

また加藤周一さんですが、『夕陽妄語』の第8冊目(朝日新聞社)が出ました。考えてみると、加藤さんの名を知ったのは、やはり朝日新聞の夕刊に掲載されていた、『言葉と人間』(朝日新聞社、1977年)にまとめられることになる連載エッセイでした。それからもう30年あまりたったことになりますか。
相変わらず、さまざまな事象に対しての、著者の見解が述べられているのですが、その中で、「報道三題」というエッセイのなかで、1930年代後半の日本のマスメディアについて述べたところがあります。当時の日本では、報道言論のなかに、「一見おだやかな、なしくずしの変化」が生まれていたというのです。
改憲手続き法が参議院でも可決され、法律として生きはじめるなかで、メディア自身がかつての道をたどるのかどうか、そこが問われているときに、こうした加藤さんの指摘は、大切なことを思い起こさせてくれます。
1930年代のおわりごろ、最初の執筆禁止をのりこえた宮本百合子は、いくつかのエッセイを単行本にまとめ、それがよく読まれていたといいます。その時期には、「三月の第四日曜」や「広場」などの小説も発表しています。それはやはり当時は少数派だったのでしょう。しかし、そうした努力が一方ではあったのですから、少数派にみえても、それを理由に絶望などしてられませんね。