豊かさのために

田中貴子さんの『検定絶対不合格教科書 古文』(朝日選書)です。
田中さんの著作は、今までにも何度かここで取り上げたこともあったと思いますが、日本の古典文学を狭いわくにおしこめることのないようにしようという、田中さんの信条は、この本にも現れています。
教科書にとりあげられる古文のテキストが、実は指導書の語るレベルにおさまるものではないこと、今の教科書がまず取り上げないであろうテキストを紹介すること、それを通して、今の国家が求める「古典教育」への異議申し立てになっています。
たとえば、「おあむ物語」を紹介することで、近世初期の文章にふれると同時に、戦争に対しての考え方をみせる、「とはずがたり」や「源氏物語」の〈にひまくら〉の部分を取り上げることで、男性中心の性意識への問いかけにする、「金色夜叉」のような明治文語文を扱って、文語文の世界が現代とつながった世界であることを認識させる(「高利貸」に〈アイス〉とかなをふってあることへのコメントは、この人は近代文語にはやはり専門ではないのだなと思わせましたが)という形です。
去年の「純情きらり」で、主人公の姉が『源氏』を女学校の授業で教えたことが弾圧の対象となったという場面がありましたが、昔の作品のもっていたものを、一面的ではなくよみとることは、これからのためにも必要なのだと思います。